ノートルダム女学院の
教育と社会を結ぶ交差点

CROSS TALK

光彫り作家 ゆるかわふう氏&
ノートルダム女学院中学高等学校学校長 栗本嘉子

ノートルダム女学院の原点・和中庵で
作品展を企画・開催

日常のなかで
アートに触れる。
芸術のちからで
豊かな感性を育みたい。

2025.05.23 配信

ノートルダム女学院学院長
ノートルダム女学院中学高等学校
学校長 栗本嘉子
光彫り作家
ゆるかわふう氏

ノートルダム女学院中学高等学校の一角にたたずむ和中庵。洋館と和風の奥座敷からなるこの大正モダン建築・和中庵にて、「光彫り」で幻想的な世界を表現するゆるかわふう氏の作品展が開かれました。この作品展開催にあたり、「日常のなかで芸術に触れる」ことの大切さや尊さについて、ゆるかわふう氏と学校長・栗本嘉子と語り合いました。

光彫り作家
ゆるかわふう氏

大阪府生まれ。京都市立芸術大学日本画科卒業の両親のもと、幼少期は図工や工作が得意で、ピカソの模写にも没頭。しだいに絵を描くこと以上に「空間」への興味が芽生え、親のアドバイスもあり、美術系の建築が学べる東京藝術大学美術学部建築科へ。発泡断熱材・スタイロフォームで建築模型を造る日々を過ごす。卒業間際に受けた「美術解剖学」の授業に感銘を受け、建築の道を諦めて、美術解剖学研究室へ。研究室有志でグループ展を開催し、光彫り作家としての活動を開始。2015年には初の個展を開催。以降、精力的に個展や展覧会、イベント展示などを開催。小学校での講演活動や高校でのワークショップなども行う。

ノートルダム女学院学院長
ノートルダム女学院中学高等学校
学校長 栗本嘉子

京都市生まれ。ノートルダム女学院高等学校第26期卒業生。1984年京都ノートルダム女子大学卒業。大阪市内のミッションスクールにて3年間勤務した後、1988年渡米。イリノイ大学アーバナシャンペーン校で英語教授法修士号取得。帰国後、聖母学院短期大学国際文化学科奉職中に結婚、二男の母。2000年、芸術家の夫と共に渡英。オックスフォードに暮らし、国立レディング大学で応用言語学に出会い、社会言語学の分野である「母親の言葉かけの日英比較」を研究し博士号取得。文学博士。帰国後、京都大学、京都ノートルダム女子大学等で教鞭を取り、2008年より母校中高へ。2012年4月学校長就任。2020年4月より学校法人学院長就任。学校長兼任。

大正モダンを伝える文化財での作品展。
原点を見つめ直すにはよい機会でした。

栗本作品展は大盛況でしたね。こんなに素敵な作品展を和中庵で開いていただき、本当にありがとうございました。
ゆるかわこちらこそ、和中庵を使わせていただきありがとうございました。今回は和中庵の建築美も堪能していただきたかったので、1回の入場は20名限定とし、計20回・400名分のチケットを用意しました。ところが民放の情報番組の生放送で取り上げられ、その放送が流れている間にチケットは完売。かつてない反響で、私自身も驚きました。
栗本作品展開催に先立ち、プロデューサーの方から「和中庵をお借りしたい」と打診をいただいた時、「まずは実際に作品を拝見してから判断したい」とお伝えしました。そこで訪ねたのが、湯河原のゆるかわさんのアトリエです。
ゆるかわはい、正直驚きましたよ。まさか校長先生が自ら足を運んでくださるとは思ってなかったもので(笑)。
栗本驚いたのは私です。青く深く光る虎の作品の前に立った時、言葉を失いました。さらには、後ろからあてられた照明が落ちたとき、そこに出てきたのは、彫刻が施された発泡断熱材のみ。種あかしをされて、もう一度驚きました。
ゆるかわ不思議ですよね。特別な材料は何ひとつ使ってない。使っているのは、近所のホームセンターでも売っている発泡断熱材・スタイロフォームですから。
栗本今回、特に私にとって感慨深い作品は「桜」でした。和中庵には、毎年きれいに咲き乱れる樹齢200年の桜があったのです。しかし、老衰で倒れる危険があったため、泣く泣く伐採することに。10年ほど前のことです。作品展で、和中庵の奥座敷で光る「桜」の前に座った時、「あぁ、あの和中庵の桜がここに帰ってきてくれたのだ」と心から感動しました。
ゆるかわ逆に私は、和中庵の歴史をお聞きした時、その歴史の奥行きに胸が詰まりました。修道院だったのですね。
栗本はい。ここは私たちノートルダム女学院の原点です。1948年、アメリカ・セントルイスから4人のシスターが、日本にキリスト教の普遍的な教えにもとづく女子教育の拠点をつくるため、海を渡って来られました。和中庵は、そのシスターたちの修道の場であり、住み家です。ここが私たちの歴史の始まりです。

深い青がいざなう「潜心」のとき。
神々しく静謐な空間に心が震えました。

光彫りの青に惹かれたのは、
己を表現する旅の始まりだった

ゆるかわそれをお聞きした時、私も、表現者としての自分の原点に立ち返ったような気がしました。私が学んだのは東京藝術大学ですが、絵をめざしたのではなく、建築を志した人間です。空間が持つ美しさや、その空間で紡がれてきた物語に心を惹かれます。和中庵のようなナラティブな建築物と出会い、その空間の力も借りて「自分なりの何か」を表現できることのユニークさ。「絵描きさん」にならなかった理由は、きっとそこ。
栗本私は「潜心」という言葉が好きです。心の深いところに辿り着き神を捜す。あの青は「潜心の青」。ただ深く青い。それでいて心が和らぐ穏やかさと優しさがある。修道の場だった和中庵に光る潜心の青。その静謐な空間と時間の神々しいこと。
ゆるかわ栗本先生はハッとするような言葉で、「私の中にある形にならない思い」に輪郭をつけてくださいます。その「潜心」という言葉もそうです。それをお聞きした時に、「私の表現に対する思い」が次第にクリアになった気がします。
栗本ゆるかわさんが、なぜ光彫りという表現にたどり着いたのか。その「思いと軌跡」ということですか?
ゆるかわはい。私はダイビングに夢中になった時期があります。海の深くに沈んでいくときに出会うディープブルー。光彫りの青はあのブルーとシンクロしています。「海の深くを尋ねることと、修道で己を見つめる続けることは似ているんだな」と。光彫りのディープブルーに惹かれたのは、己の表現を見つめる旅の始まりだったのかもしれません。

栗本私が驚いたもう一つのこと。あの美しい青は、特別な材料や技術を使っているものではない、という点です。なぜ、発泡断熱材にたどり着かれたのでしょう?
ゆるかわ建築をめざす学生なら、日常的に触れる材料ですよ。学生時代はそれで模型を造り倒しました(笑)。20世紀は建築の時代。バウハウスの「機能美」が世界のデザインの流れを変えたのはその好例です。建築デザインは地域の文化や伝統、人々の生活に密着していた。
栗本21世紀には様子が変わった?
ゆるかわそうです。21世紀はICTやAIの時代。建築も経済的合理性が優先され、世界中のビルは一様に四角柱となった。建築の持つ豊かなデザイン性、時代を牽引するエネルギーが勢いを失っていく。本当に建築家でいいのかと…。
栗本建築への道に迷いをもたれた?
ゆるかわはい。この先どうしていこうかな?と考えていた時に出会ったのが「美術解剖学」です。本当は、卒業間際、一般教養の単位が足らず数合わせで履修した科目なんですけど、結局その研究室に入ることとなってしまった(笑)。
栗本「美術解剖学」とは?
ゆるかわ簡単に言えば、人間や動物の骨格や筋肉の動きなどを見つめる学問です。歴史は古く、15世紀のレオナルド・ダヴィンチを祖としますが、今のアニメやCGの仕事にも欠かせない、古くて新しい学問です。2Dでも3Dでもよりリアルな表現、滑らかな動きを実現しようとすれば、骨格や筋肉の動きを知ることが欠かせませんからね。
栗本人工的な建造物から生き物へ、興味の対象が変わったということですね?
ゆるかわはい。教官の布施英利准教授(当時)は、脳科学者・解剖学者として名高い養老孟司氏のお弟子さんです。この研究室自体、軍医でもあった森鴎外が明治期に東京藝大に開いたものです。布施教官の現場主義は徹底したもので、まるで「またぎ」のように山に入って猟師さんと罠でイノシシを捕らえ、自宅に持ち帰って解剖し、骨格や筋肉を調べていました。
栗本自然が生み出すものこそ美しく、まさに神の創造をそのまま生きている…。
ゆるかわまさに。芸術の原点はおよそ人の手が及ばないもの、すなわち「自然」にあると思うんです。
栗本なるほど。芸術は生きとし生ける命に通じるものですね。

日常に隠れた原石に光を当てる。
繊細な感性を育んでくれる、
それが芸術。

自然の神秘を科学する。
芸術は日々の暮らしの中にある。

ゆるかわ「芸術」は、高尚で敷居が高く、自分には縁遠いものと思われるかもしれません。でもそうじゃない。むしろ真逆で、芸術は日常の中にある。
栗本だから、日常にある素材を?
ゆるかわ意識してそれを探していたわけではありません。たまたま発泡断熱材が放つ深い青い光に出会ってしまった。日常に埋もれた「美しいもの」に目を止めることができることこそが芸術的な感性なんじゃないか、と思うんです。
栗本私たちの学校には、STE@M探究というコースがあります。ご存知のとおりのSTEAM教育を標榜するコースで、AはArtを意味しますが、デジタルコミュニケーション時代そして現実の「場」のもつ力を意識して、Aはあえて@としました。Artって、本来は自然が持つ神秘的な美しさの源泉を「ここ」に立脚して、科学的・理論的に体系立てる学問ですよね。
ゆるかわはい。だから私は「日常に埋もれる美しいもの」ほど大切にしたい。

瑞々しい感性が生む
共感や感動。
身近なアートが五感を磨く。

栗本私は生徒には、日々の暮らしの中で五感を磨いてほしいと願います。ここ東山の麓で瑞々しい感性を育みながら、感動したり誰かと共感したり。繊細な情緒活動ができる人になって欲しいと思います。
ゆるかわこの東山界隈は、豊かな自然と歴史文化があふれていますからね。実は私は、この発泡断熱材を「建材界のシンデレラ」と呼んでいるですよね。
栗本あら、そうなの。ならばさしずめゆるかわさんは、「シンデレラを見いだす王子様」ですね、きっと(笑)。

青く深く、静謐な空間と時間

生徒の声

光彫りに触れて

作品展を鑑賞した中学・高校の
生徒会役員4名に感想を聞きました。

(村上凜俐さん、榊原梨沙さん、松田京己さん、上坂明里さん)

 目の前に本物の虎やウサギがいるようなリアルな繊細さに驚き、照明を消したときに現れる無骨な断熱材にもう一度びっくり。いろんな彫刻刀を使って彫る「一発勝負の彫刻」と聞いて3度目のびっくりでした。

 「アートって、ちょっぴり退屈なもの」と思っていました。その私の常識は、完全に打ちのめされました。こんなに身近な素材で、こんなにもインパクトのある作品ができるなんて! 興奮しました。

 ワークショップも開かれているとお聞きしました。ぜひ参加してみたいので、本校でも開いていただけるといいなと思います。アートがぐっと身近になった気がします。今後は、美術館にも行ってみようと思います。

 「芸術は非日常ではなく、日常の中にある」とお話いただきました。学校の近くには、銀閣寺や法然院、哲学の道など、わざわざ全国から訪ねてこられる場所があります。もっと日常の気づきを大切にしてみようと思いました。

和中庵とは?

 大正期に構想され昭和初期に建てられた近江商人のお屋敷。1948(昭和23)年、ノートルダム教育修道女会セントルイス管区(当時)の4名のシスターが、京都でキリストの教えに基づく女学校設立をめざして来日。そのシスターたちの修道院として、翌1949(昭和24)年にノートルダム教育修道女会が取得。2008(平成20)年にノートルダム女学院中学高等学校に移管された。洋館と和風の奥座敷からなる大正モダン建築で文化財としての価値も高い。