ノートルダム女学院中学校 2017年度 卒業式 式辞

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卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
保護者の皆様、高いところからではありますが、本日はお嬢様の中学ご卒業、誠におめでとうございます。3年間、ノートルダム教育にご同伴くださり、誠にありがとうございました。また、川邨裕明神父様を始めとするご来賓の皆様、本日はご多用の中、本校中学校卒業式にご参列いただき、心より感謝申し上げます。

本日、皆さんは、3年間のノートルダム教育を終えられました。ここにいる皆さんの大半は、さらなる3年間をノートルダムで過ごされますが、中には、ノートルダムを今日、旅立つという方々もおられます。その方々とご一緒に、かけがえのないここノートルダムでの3年間の学びの日々を、どうか、一生の糧としていただきたいと思います。

皆さんは3年前の4月の入学式に、初々しい姿で私から校章を受け取られた時、私は、皆さんに知ってほしいことを三つ、申し上げたと記憶しています。それを憶えていてくださっていますか。一つめは、あなた方は一人ひとり、あなたを尊い大切な存在としておつくりになった神様から、既にこの上なく愛されて存在しているということでした。

二つめは、こうして神様から特別に愛されているあなたは、ただ存在しているのではなく、神様から、光り輝く可能性が与えられているということです。あなたの内側に秘められた可能性を信じて、あなたの素晴らしさがいったい何であるかを探し求め、その可能性に向かって一生懸命に努力するあなたを、本校はこの上なく大切にしてきました。

そして三つめは、この世界であなたは決して一人ではなく、多くの人や自然の中で共につながり、支え合いながら生きているということを知ってほしいということでした。支え合って生かし合う私たち自身のこと、そして私たちが住む地球のことをよりよく知り、神様のおつくりになった大きなこの宇宙の中で、その仕組みや神秘にふれたその感動を原動力に、どうか学び続けてほしいと願いました。これらの、あなたに知ってほしい三つのことは、決してその探究に終わりがあるものではなく、生涯かけて知り、求め続けてほしいことがらであります。

今申し上げたうち、特に今日、三つめのことがらに注目してほしいと思います。すなわち、この世界であなたは決して一人ではなく、多くの人や自然の中で共に支え合いながら、つながりをもって生かし合っているのだということを今一度、この門出の日に心に刻んでほしいと思います。皆さんは、まだこの世に生を受けてほんの15年程しか経っていません。今は、ご家族のつながり、身近な友人たちとのつながりの中で、自分を知る努力をされているはずです。自分はいったいどのような人間なのだろうかという問いに対する答えを、身近な人々との関わりの中で探しておられるかもしれません。高校に進まれると、あるいはもっと成長されると、その関わりはもっと広く、また深くなり、ご自分の真の姿、ご自分が一体何に関心があり、どの道に進めば、神様から頂いた可能性が開花するのか、ということについて、尚一層、明確な答えが生まれてくることでしょう。そのためにも、今歩まれている道を、丁寧に、そして真剣に歩み、一つひとつの出会いや出来事の中に、あなたの成長を促す鍵を見出してほしいと願っています。

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このようなことがありました。先月2月、皆さんの先輩である高校2年生のグローバル英語コースの生徒たちが、フィリピンはマニラとオロンガポという地で、社会活動ワークショップを体験するために出かけた時のことです。高校入試のために一足先に帰国した私は、彼女たちの帰国に合わせて関西空港へ迎えに行きました。そして、彼女たちの一人に、「この旅行で、最も印象に残ったことは、結局何でしたか」と問いかけました。その生徒は、突然そのように問いかけられ、考えながら遠くを見つめるような眼差しを見せた後、その目に涙を浮かべながら、「スラムです。スラムに戻りたい」と言いました。それから彼女が私に話してくれたこと、それは、以下のとおりです。フィリピンではいろいろな活動に関心があり、多くの体験をしようと意気込んではいたが、スラム街でのホームビジットだけは、少しわからない、正直怖い感じがしたし、汚いかもしれない、臭いかもしれない、失礼だけど、ご飯をそこで一緒に頂くなんて、ちょっと私には絶対に無理、と決めてかかっていた。でも、二人一組でスラム街にあるあるご家庭を訪れ、最初戸惑いながら恐る恐る入って行った時、まず温かい微笑みが飛び込んできた。子どもたちの弾けるような笑顔に歓迎され、お母さんの物腰の柔らかい雰囲気に、想像していたよりもずっとリラックスできた。出されたチキンスープが非常に美味しく、そして想像していたよりは、コミュニケーションもできた。3時間がアッという間に経過し、お別れの時が来た時、最初とは全く違う気持ちになっていることに、自分で驚いてしまった。お世話になったお母さんが、”Come back again”と言ってハグしてくださった時、思わず泣けてきた。二つの感情があったと思う。一つは最初、何も知らずにいろいろ勝手なことを思ってしまってごめんなさい、という気持ち。そして、もう一つは、こんな貧しさの中で、笑顔で幸せ感をもって懸命に生きているこの家族が愛おしく、そして、この貧困は、こんな極度の貧困が存在することは、絶対におかしいという、やるせない、怒りにも似た気持ち。それらが入り混じった複雑な気持ちで、思わず目の前の子どもたち一人ひとりともギュッとハグをした。彼女は一気にこう語ってくれました。私は聴いていて、私こそ泣けてくるほど嬉しかったのです。フィリピンに彼女たちを派遣して、私たちが心から願っていたような体験、あるいはそれ以上の体験が、関西空港であの夜、彼女に語らせていました。すなわち、自分の中に蔓延っている固定概念を覆すこと。その固定概念が作り上げた偏見に気づくこと。この世界の矛盾と不正義を知ること。小さいながらも自分が何か行動して貢献したいと望むこと。それらが、私たちがめざすノートルダムらしい学びの体験です。彼女があの時スラムのお家の中で、そこに行く前に想像していたことと異なっていると気づいた一コマ一コマは、まさしく、固定概念が覆されていった瞬間の積み重ねでした。彼女一人ではなく、同行した生徒たち一人ひとりの目、耳、心で、しっかりと感じた学びの実体験だったと思います。

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これは、本校にあるグローバル英語コースの上級生の体験、という限定されたものでは決してありません。必ずしも海外に行かなくとも、何を見ても、誰と話していても、まっさらの気持ちで出会ってみようとする素直な心があれば、固定概念や偏見から解放され、この世界のありさまをじっくりと深く知り、何が、神様の平和から離れているのかを自分で考え、この世界のために行動することができるのです。そしてそれが、冒頭申し上げた、皆さんの成長を促す鍵なのです。実はあなた方は、そうするように、神様から既に招かれています。あなた方が何度も聴いてご存じの聖書の言葉があります。「あなた方は世の光である(マタイ5章14節)。」 あなた方の光を人々の前で輝かしなさい、とイエス・キリストは教えてくださっています。あなたの中に輝こうとする光を見失わなければ、小さくとも輝いて、周りを照らし、闇の中で見ていた固定概念や偏見から自由になり、あるいは見えなかったものが見えて、神様の平和を実現する人になれるのです。ノートルダム女学院中学校の3年間では、このことを折に触れて皆さんに気づいてほしいと願ってきました。気づくだけでなく、行動していくことは易しいことではありません。一生かけて精進していかねばならない道です。しかしそれは、歩むに値する道であるということを、決して忘れないでください。次の新たなる3年間で皆さんのさらなる成長を遂げられますことを願っています。
神様の祝福が皆さんの上に豊かにありますようにお祈りいたします。

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