エッセイ 生かし合って生きている (2)

7月10日の続きです。
 
 
 
あるとき、あと3日で出発という時期に、私は相変わらず憂鬱な気持ちになっていた。短大での仕事も一杯残っている。そして何より子どもにつらい思いをさせてまで続ける価値がある研究なのかとすら思うほど、落ち込んでさえいた。そこで、研究室に来ていた3人の学生のうちの一人が、そんな私の心境を知っているはずもないのに、こう言ってくれたのである。「先生、子どもさんも夫もいらっしゃって、イギリスに行かれるのは大変だろうと思うけど、先生がそれでもがんばっておられるのは、私たちにはとっても励みになるんです。私もがんばらないとな~って自然に思えてくる。」
 

琴線に触れる、という言葉があるが、まさしく私はその時、私の心の秘められた場所で、この学生の言葉を受け止めた。そして心が揺さぶられ、涙が溢れそうになるのを、何気なく顔の向きを変えて押さえるのが精一杯だった。立ちすくむ自分の背中を今、優しく押してもらった気がした。強がっても仕方ないと思った私は、学生にその時本音を言った。「私ね、本当はつらいと思っていたの。あなたたちがそう言ってくれるまで、つらくてやめたいとすら実は思っていたぐらいなのよ。でも、やっぱりやめないわね。がんばるね。今日、ここに来てくれて本当にありがとう」と、その時、私は教師が学生に話すようにではなく、励ましてくれた人に向かってお礼を述べるように話した。
 

自信に満ちているような姿をみせていると思ってはいたけれど、実は、学生たちは、私の言わない部分も知ってくれている。それも全部ひっくるめて私を優しく受け止めてくれている。私が今日ここにいるのは、そのようなきらめく一瞬の出会いの積み重ねがあったからかも知れないと感じる。「みんなお互いに、生かし合って生きている」ということは、実は教師としての私が、感謝とともに学生に伝えられる最大のメッセージかも知れないと思う。

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