ノートルダム女学院高等学校 2019年度 卒業式 式辞

 

 卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。また、保護者の皆様、高いところではございますが、お嬢様のご卒業、誠におめでとうございます。3年間、または6年間、ノートルダム教育に共感し、信頼してご同伴頂いたことを、心より感謝申し上げます。誠にありがとうございました。そして、本日は、式の縮小化の為に、お招きできなくなったご来賓の方々の中で、唯一、それでも祝福にいらしてください、とお願いし、行かせてもらうよ、とおっしゃってくださったパウロ・大塚司教様、本当に本日お越しになってくださったことを、心より感謝申し上げます。

 

 さて、私たちは、現在、新型コロナウイルス感染症拡大の恐れがある中、一人ひとりにできること、一つの学校としてしなければならないことを真っ直ぐに行う必要があります。一カ月前、一週間前には、想像もつかなかったあらゆる不測の事態が押し寄せ、私たちの想定していたことが次々とできなくなっていくことに対し、大変な試練の時を与えられています。具体的に言えば、毎年ならばこの場で一人ひとりにお手渡ししていた卒業証書の授与がこの場ではできないことは、私としては誠に残念なことです。またこの式の後には、父母の会が愛情込めて開催してくださっていた卒業記念パーティが中止となったことは、皆さんに直接関わる衝撃的なでき事です。また、高校一年生の生徒たちは、とても楽しみにしていたアメリカ・沖縄への研修旅行も出発直前でキャンセルを余儀なくされた事態を受け止めました。私たちは、普段何不自由のない生活を送ることがある程度当たり前と考える傾向があるために、このように立ちはだかる壁の前には本当に無力でただやるせない怒りと失望で心の中がいっぱいになる、そのような体験を今、しています。しかし、神様は、私たちに乗り越えることのできない試練をお与えになることはないのです。仲間と一緒に、与えられた境遇の中で、力一杯精一杯、「今」という時を見つめ、その時間を懸命に生きようとする時、必ずや神様は、私たちにトンネルの向こうの光を見せてくださいます。それは、過去を悔やんだり、未来を案じたりするのではなく、「今」この時を、どういう態度で、どういう心で生きたらよいか、ということを、一生懸命に考えた者だけに与えられる賜物なのかも知れません。

 

 たとえ、何を失っても、たとえすべてが奪われたとしても、あなたが生きている限り、あなたが心を失わない限り、あなたがこの世界に対して、どのような態度で向き合うのか、それはあなた自身の自由であり、その自由は、決してだれによっても、何によっても奪われることのないものなのです。私はこの考え方をオーストリアの精神科医、ビクトール・フランクルから学びました。本日の私のここでの式辞は非常に短いものです。このことがなければお話ししたかった内容は、改めて紙にしましたので、お持ち帰りになってください。私は、今年度のこの卒業式を、そして、この大きな制限の中で一生懸命生徒の本分を果たそうとした皆さんのことを、決して忘れることはないでしょう。

 

 皆様のご卒業に際して、神様の祝福が豊かにありますように、心を込めてお祈りをいたします。

 

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